「からゆきさん」

「からゆきさん」という言葉こそ知ってはいたけれども、今まで全く関心をもつことはなかったのですが。

 * * *

これまでの「からゆきさん」にまつわる本は、元「からゆきさん」にきいた話を元にすることが多かったようだ。しかしそれらの「からゆきさん」の中には、暗鬱な経験に精神を蝕まれた人もいれば、「おなごの仕事」とあっけらかんと言う人もいる。それは個々の経験の差だけで説明できるものではなくて、日本の近代化と植民地主義という時代の大きな変化と関わりがあるはず、とその時代の新聞記事や文献などをあたって、彼女たちを取り巻く社会の目の変化から分析したのが本書。

私は時代小説や時代劇が好きなのだけれども、常々不思議に思っていたことがあった。それは年季の明けた遊女が普通に故郷に戻っていったり、はたまた身請けされて妾ではなく正妻になったりすることで、現代の感覚ではこれは信じがたいことではないかと。まあフィクションだし、などと思っていたのだが、どうやら 近世には実際にそうだったらしく、出島に来日した外国人たちも私同様に驚いている。で、戻ってきた遊女を受け入れるとはなんと寛容な社会だとうっかり思ってしまいそうになるけれども、裏を返せば家族が困窮すれば売られていくことを「親への孝」と教え込むような社会構造だったということに気付かされる。そしてこの価値観は、西洋思想の流入とともに徐々に変容していき、同じように「出稼ぎ」に出ても、その戻る時期によって「孝行娘」と受け入れられたり、「不潔な醜業婦」と蔑まれたりすることになる。本人のあずかり知らぬ風潮のせいで。

もう一つ興味深いことが。海を渡る女性の中には騙されたり、誘拐まがいで連れて行かれる人もいた。斡旋業者が捕まると新聞記事になるわけだが、その業者が女性の場合は「悪婆」やら「鬼婆」やらひどい書かれよう。なんかこの体質、現代のワイドショーなどにも通じるものがありませんか。

時代の変化に巻き込まれた女性たちを多岐にわたる資料の丁寧な分析から客観的に論じていく著者の姿勢。この客観的、というのが非常に重要で、過去の研究では実際に元「からゆきさん」の話を聞いているにもかかわらず、思い込みや偏見で書かれたものもある。これには例えば慰安婦問題などでも我々は聞きかじった情報から安易に意見を述べてはいないか、と反省させられる。そしてこの地道な分析を冷静に進める著者がまだ若い女性研究者であることを心強く思う。

* * *

かくも全く関心のなかった分野にこのように興味深く接することができるのも、この仕事をしている愉しみの一つだなあとつくづく思うのでした。
専門書ですが、これは一般の方にもオススメです。

最終更新=2018年01月14日